2月末、競馬の世界は引退の時期ですね。
寒さが若干緩んでいたでしょうか、パークウインズ府中のスタンドでしばらく座っていても大丈夫でした。最終レースも終わり、ホットコーヒーをすすりながら、ターフビジョンに映るメイショウの勝負服を観ていました。
武幸四郎、引退。オースミタイクーンのマイラーズC、しっかりリアルタイムで確認しています。同日中山ではランニングゲイルの弥生賞ですよね。4コーナーのコーナリングもろくに観察できないペーペーでしたが、兄弟同日重賞制覇、デビュー戦で重賞勝利など、記録に残ることはしっかり理解して観ていました。
20年かぁー。G1を6勝、700勝近い通算勝利を挙げた中堅ジョッキーを見送るとは、自分がファンをやっている時間の長さもいっしょに噛み締めちゃいますね。区切りですので、いくつか印象的なレースをものしておこうと思います。
真っ先に浮かぶのは2014年の天皇賞(春)。ウインバリアシオン、単勝勝負していました。明確に武幸四郎「だから」買ったG1ですね。当日にシュタルケから乗り替わりで騎乗することに。その速報はスマホで、ウインズ後楽園の長いエスカレーターを上りながら確認したのを覚えています。腹をくくるまでの逡巡と、4コーナーでキズナより先に追撃を開始したときの高揚感、これもまだ鮮明ですね。幸四郎→シュタルケ→幸四郎という乗り替わりの顛末含め、当時の記事は以下にて。
more than a DECADE 天皇賞(春)
ただ、制したG1でいえば一緒に喜んだ記憶がほぼないというw ここで幸四郎かよ!というやられた感覚のほうが強いのは、人気を背負っての勝利がメイショウマンボの秋くらいだからでしょうね。ソングオブウインドなんか完全にやられましたしね。あの時はドリームパスポートが本命でした。あー就職活動中でドリームパスポートみたいなうまい引っ掛けもあったなぁw
個人的にはG2、G3で2着している時のほうが印象深く、記憶と記録をすり合わせるべく過去のデータを覗いて見ました。ジョッキーを軸に調べるのはJBIS-Searchよりnetkeibaですね。
武幸四郎の年度別成績|競馬データベース – netkeiba.com
ちょっと癖の強い馬や本番ではちょっと足りなかった馬をクラシックに運んでいたんですね。エイシンテンダー、ポイントフラッグ、ローマンエンパイア、リトルアマポーラ、トライアンフマーチ。どの馬も幸四郎がクラシックまで運んでいます。そしてどの馬も、クラシックで結果を残せず、手を離れてそのまま乗ることがないのも同様。
特にG1の有力馬について、以前はお手馬の乗り替わりにもっと心理的ハードルが高かった気がしています。マカヒキのような、ダービーを勝って乗り替わりという柔軟さは、よくもわるくもなかったはずで。幸四郎の場合、リトルアマポーラが典型的と思っています。あの年のクラシックはリトルアマポーラと一緒に戦っていました。その分エリザベス女王杯は的中できたわけですが、乗り替わりはやはり複雑でしたね。
ローマンエンパイアの京成杯は府中のスタンドで生観戦でした。その年は東京競馬場の改修で、1月の中山開催を府中にもっていって秋の府中をまるっと中山に、という調整があったんですよね。ヤマニンセラフィムとの同着。ローマンの単勝をもってやきもきしていました。
2着の惜しさはクラシックのお手馬に限らず。メイショウバトラーで重賞2着3回という惜しい記録も見つけました。ダート転向前の記録。交流重賞の常連となってからはお兄さんの騎乗数が多いですからね。あまりイメージにはありませんでした。それでいうとレマーズガールでも端午Sで2着していたり。
ブロードアピールとは重賞2勝。通算13勝していますが(それ自体がすごいわけですが)、もっとも勝ったジョッキーが武兄弟、いずれも3勝。府中で後方一気を先にやったのは弟の方で(根岸Sですね)、どうやらそのときは怒られたらしく。後に兄が同じことをやったとき(府中のガーネットS)は大絶賛だったとネタにしていた?記憶があります。
こうして振り返ると、いろいろなチャンスに、いろいろなタイプの馬に、大きく崩れることなく応えていたように見えますね。引退式のあいさつにあった「20年間、自分なりに精いっぱい頑張ってきました」というのは、ほんとうに大きく括った言葉なのでしょう。もちろんきれいな話だけではないでしょうしね。いろいろありました。
もしどんなペースも前で受けられるような有力馬が回ってきたとき、どうやってチャンスを活かしていたでしょう。筋力をつけにくい長身ですから、引っ掛けながら先行するような馬は合わなかったかもしれません。それも含めてクラシックで人気を背負う姿は見てみたかったですね。
最後に。
引退式自体は淡々としたものでした。胴上げでカラダがよじれてヘンな姿勢になったのが面白かったくらいで、花束贈呈、本人のあいさつ、写真撮影と、明らかにエモーショナルな瞬間はなかった認識です。基本シャイな人柄と思っていますので、あの雰囲気は「らしさ」と映っていました。
メイショウマンボのオークスが念頭にあるせいなのでしょうかね、ニュース記事では「涙はなかった」というひと言が但し書きのようにはいっていまして。口元に力を込めながら、次を思い描いて区切りをつけるべく引退セレモニーに臨んだ姿を形容するには、ちょっと野暮だなぁという感想がございました。十分、よかったと思っています。
武幸四郎厩舎、という響き、楽しみですね。
おつかれさまでした。
※追記
書き終わってから、2001年のエリザベス女王杯で本命にしていたのを思い出しました。大接戦でしたね。そう考えると、数字にでていたかはわかりませんが、京都得意だったのかもしれないですね。…この調子で追記していくと終わらなくなりそうw
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